蓮
お盆の時分となりました。今年は寒戻りが長くなかなか春めいてこなかったものですから、この時期になり急な気温の上昇は特に暑く感じます。
唐突ですが、お盆といえば「蓮の花」「ほおずき」と言うように時節風物の花がございます。特に「蓮の花」は仏教との結びつきが強く、経典、仏具に至るまでありとあらゆるところに登場致します。
この蓮が仏教と結びついたのは、蓮の元々の原産は仏教発祥地インドであることと、釈尊(お釈迦様)の誕生の際、蓮の花が開いてその瞬間の到来を告げたことが起源になっています。
そもそも蓮は、泥の中にありながら、決してその泥の色には染まらず、優美な花を咲かせることが、仏教においては、「汚れたこの世(濁世)においても、法(教え)の花(悟り)を開かせる」の喩えとされるのです。ですからあらゆる場面において、蓮が登場(描かれ)し、その象徴とされているのです。
今年も泉福寺では、六月に蓮のつぼみが付き始めました。蓮の花を観察してみますと、水面から蕾が顔を覗かせると十日程で葉よりも高く立ち上がります。立ち上がった頃の蕾は幾分大きくなるもののそれでもまだ硬くしっかりとつぼんだままです。その頃から蓮全体が勢い良く成長します。
葉は更に大きくなり色も濃く葉の厚みも増します。そして、次々に新芽が吹き出し、葉同士が幾重にも重なるほど成長していきます。それは、ただひたすら蕾に栄養をやりたいが為に葉はまるで寝食を惜しむかのように太陽に両手を広げて光合成をするように見えます。
そんな状態が一週間経過するとようやく花が咲くのです。しかしやっと咲いた花は咲いてはつぼみ、咲いてはつぼみと三日繰り返すとあっという間に散ってしまいます。桜のようにちらちらとではなく、一瞬にして潔く散るのです。
咲き終えると更に蓮は動き出します。
今度は、蓮の次世代の元となるレンコン(正確には根ではなく、地下茎の茎が太ったものです)を太らせる工程に入るのです。葉は益々大きくなり熱心に光合成を繰り返します。そしてそれは秋という季節の到来まで続けられやがて枯れていきます。でも枯れる事で全てが終わったのではなく冷たい水面下で次世代の小さな芽が膨らみ始めているのです。
私は蓮を育て始めて丁度十年になりますが、蓮の成長は人間の営みそのものです。子が独り立ちするようになるまでひたすら親は働き続け、その子が更に次の世代を宿すと労を終えた者がこの世を去るのです。
それを続けて脈々と今へ受け継がれてきている姿は生きている全てのものに通じます。
蓮が生きていく為には太陽や水、時々に与えられる肥料が必要なように、人間の成長にもその時々のかかわりがなければ成長出来ないのです。
貴方様にとっての太陽は何ですか?貴方にとっての水はどこにありましたか?貴方に与えて下さった肥料はどなたが差し延べて下さいましたか?誰一人とて自分だけで生きてこられた者は居ないのです。
多くの方々に支えられ導かれ今があるのです。そして脈々たるご先祖様が作って下さった私なのです。そのご先祖様が八月のお盆に帰ってこられます。多いに感謝と敬意を持ってお迎えし、ご供養して頂きたいと存じます。そのご供養は未来の貴方へと繋がっているのです。
合掌 輝空談