泉輪 平成24年10月



心の絆


お彼岸を境に、秋たけなわとなりました。木々は黄色や赤の色を増し、たわわに実っていた黄金稲穂が、もう新米となり、我々の何よりの御馳走となっております。秋は本当にありがたい季節です。

巷でも秋の喜びはあちこちに見え、食べ物だけではなく、スポーツ、読書と日頃縁遠い者でも、何か手がけたくなる、そんな気にさせてくれるのが秋という季節です。特に秋の夜長に読書はピッタリで、時を忘れて読みふけってしまうことは誰もが経験したのではないでしょうか。

本という活字の力は、複数の言葉を重ね繋げて、独特の世界観を作ります。読者はそのストーリーに吸い込まれ、脳裡にその状況が描かれるだけではなく、自分もその場面に登場しているかのごとく、自身の心をその場に連れて行ってくれます。集中して読み込んでいると周りの雑踏は耳に入らず、時間の経過でさえも忘れてしまいます。

同じ読む事でも、斜め読みでストーリーの流れを追うだけや、調べ物で知りたいところだけを選んで読むことは別として、読むことじたいの繰り返しにより、脳は常にイメージを膨らませる訓練となり、想像力と思考力の鍛錬になるといわれております。さらにその鍛錬は自身の考えを展開する創造能力をも養われ、物事を多方面から捉える事が出来るようになることで、最終は心の豊かさに繋がる、と専門家のお話です。新鮮な感性と柔軟な心はひいては自身だけではなく、周りの人の心と感性を想像することとなり、結果周囲の思いやりや気づかいへと人間を成長させてくれるのです。

よく最近、「自由人」という言葉を耳にします。「自由人」とは最近作られた俗語でしょうが、想像するに団体行動をした場合、その協調行動をとる事が出来ない、もしくは強制行動が苦手なのでしょう。また人と価値観や着目点が違い、誰もが見逃す点に重要要素を感じ、どう見ても中心要点と思われる箇所を見逃してしまう等、独自の感性を持つことでしょうか。個性と言えばそれまでですが、個性を生かせる社会立場を確立するまでは自由を優先するよりも、周りに歩調を合わせる心の訓練が肝要かと思われます。

人の心の訓練をするのに読書が効果を発揮することは前項で述べましたが、読書は読む本が必要で、読む場所、読む時間が当たり前に必要となります。

しかし、もっと身近に心の訓練が出来る場面がございます。それはご葬儀です。一言に葬儀と申しましても、臨終から枕経、通夜、葬儀と長時間ご遺体を安置致し、そのお姿を皆様に見て頂きます。そのご遺体は、お亡くなりになっているのですから当然しゃべることもなく、体を動かすこともなく、目を開ける事すらないのです。

ですが、横たわっているだけのお姿のはずなのに、その方の人生すべてを知らしめて下さり、色々なことを語りかけて下さいます。そして一瞬にして故人様との今までの全て関わり合った時間を共有することが出来、その時に知り得た状況と感情を、全て思い起こさせて下さいます。しゃべってくれなくても、今故人様が何を言わんとするのかも分かりますし、何を案じておられるのかも分かります。体は冷たく死を受け入れざるを得ないのに、生きていた時よりも心が通じ合い理解しあえるのです。

嘘も偽りもなく、最後にして本当の心の絆が出来上がる最終場面が、人の臨終なのです。そして、その絆が出来るからこそ、その絆が途切れないように、火葬しご遺体が無くなっても、ご供養しお念仏し続けるのです。

お念仏の力は見えませんが、お念仏だけがこの世の私と故人様とを結びつける架け橋です。またその架け橋があるからこそ、お念仏のお力で未来に新たな出会いと誕生があるのです。

誰もが一度は、愛する方との永遠の別れに、ご遺体と対面されたでしょうが、知らずして故人様のご遺体に教えられ、学ばされ、成長させて頂いていることを改めてお感じ下されば幸いです。そして、間もなくお十夜法要の時期となります。仏心もってお念仏することで、故人様との心の絆をより一層深めて頂けるかと存じます。

合掌
輝空談