泉輪 平成25年4月



この世の意義


春になり、入学、進学、転勤と慌ただしくお過ごしの方も多いのではないでしょうか。 我が家も、長男(弘円ひろまる・コウエン)が高校へ進学し、次男(眞之介しんのすけ・シンカイ)が中学校二年生、三男(萬斎まんさい)が小学校四年生へと進級致しました。
長男は初めての高校生活に緊張と戸惑いの連続でしたが、少しずつ慣れて、高校に馴染んできたようです。次男と三男は担任の先生が持ち上がりで、特段変わった様子もなく普段通りの生活リズムの様です。

ただ、変わったとすれば、一学期の係り決めらしく、特に三男に限っては、学校から帰ってくるなり、夕飯の支度をする家内に機関銃のように係り決めの様子を話しておりました。
三男の係りは図書係で、図書係りが本に関することでしょうが、実際には何をするのか、私は知る由もありません。
また、三男がなぜ図書係になったのか経緯も知りません。図書係に前々からなりたかったのか、ほかになりたい係りがあったが、じゃんけんで負けてしぶしぶ図書係になったのか、はたまた係り活動が毎日ではないので、一番楽だと思ったのか、仲良しの友達に誘われたのか、疑問は残るばかりです。

何にせよ、本人が受け持った係りには、失敗してもいいので一生懸命に取り組み、責任もって全うしなければならないのです。四年生という子供ながらも学ぶもの、養われるものがあるはずです。

この自分と係り(役割)は、人間の一生と同じだと思います。人間はこの世に生を受けますが、仏教の考えでは、本来の誕生の場は西方極楽浄土でして、そこでの魂の修行の中で、段階を経て修行の道を究める為に、阿弥陀様により何度かこの世に苦行に出されるのです。
その阿弥陀様の特命は、各自課せられた修行の時間も、修行の場所も、姿かたちもみんな違う人間にし、この世に送られてくるのです。新米の人間修行は赤ん坊として産声を上げ、数年、終十年と、寿命全うするまでしなければ、あの世には帰れないのです。

その寿命は決してこの世の我々は知る事が出来ず、儚く赤ん坊の時に寿命全うする人、長寿で老衰により全うする人、事故や事件に巻き込まれ悲運で全うする人、それはすべてこの世に産声を上げた時から既に決まっているのです。

阿弥陀様は各々学ぶべき苦難のいばらの中に我々をおろして下さり、その苦難を個人が達観し、生きるとは自分の力で変えられるものはほんのわずかで、多くは耐えるべきことばかりだと、知ればそのいばらの道を抜ける縁を下さるのです。
その道もまた単純ではなく、いくつもの分かれ道があり、右に行くか左に行くか最後に決心させる力が仏心によるお導きだと思います。

しかし、いばらの道を抜けたからと人は安楽な余生を過ごせるのでしょうか。やはり次のいばらの道が待っております。その苦難を繰り返すうちに人は経験が培われ、学び勇気が持て、人生は苦なりと理解しつつ、平常心が保てるのです。

また、人間には体験から学ぶだけではなく、人のふり見て学ぶ力があります。更には、人に自分の人生を知らしめることで、他人を学ばせる力があります。悲運でお亡くなりになった方の人生から、その状況を自分に置き換え用心と備えの知恵に繋がるでしょう。
その知恵の力が大きければ大きいほど、発見や研究、発明へと繋がるのです。その結果までも達成した人は、輝かしい栄光を掴むのですが、その影に悲しい悲運や失敗があったからこそです。

そしてその悲運にも、人の人生があるわけですから、栄光の成功者を育てる為に一人の人生の悲運を周りに見せるその人の人生もまた、阿弥陀様からの特命だと理解出来れば、苦が多かろうと少なかろうと、やっぱり役目があってこの世に誕生したのだと痛感致します。
だとすれば、人と比べることはせず、大いに与えられた生きる役割を果たしたいものです。

この「いずみ」の次ページは花まつりの案内となっております。この世に特命を受けて誕生し、人生の苦難や意義にまだ全く気づきもしない屈託ない子供たちの「こども祭り」と仏教をお開きになったお釈迦様の「誕生祭」です。
子供の健やかな成長を願うと共に、成長の段階で出会う苦難を乗り越える勇気を地域の皆様と見守り、願って参りたいと存じます。

合掌
輝空談