泉輪 平成30年4月



弘円加行満行御礼


新緑の候、貴家様に於かれましては、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
また、平素より泉福寺護持運営に格別のご厚誼にあずかり、厚く御礼申し上げます。

さて、過日の「いずみ二月号」にてお知らせ致しておりましたとおり、平成三十年度法脈相承法要にて、無事に長男弘円が加行満行を迎えることが出来ました。
修行期間の十七日間は、本人にとって、艱難辛苦(かんなんしんく)の一言に尽き、たった十九年間の弘円の人生ではありますが、最も辛抱を要した時間であったことは間違いございません。あるいは、これからの長い弘円の人生で、どんな四苦八苦な出来事にも耐えうる限界を定めた修行となったのかもしれません。

後に本人に聞きましたところ、始まった一日目から辛さは極まりなく、とても満行は迎えられないと諦めの境地だったと申しておりました。
それを何故諦めなかったのかと更に問うと、一緒に修行している同行の仲間が居て、同じ苦しさを分かち合うことで、逃げたい心を紛らわせることが出来たこともさることながら、それ以上に、修行が始まる事前段階で、檀信徒の皆様から多くのお見舞いを頂戴していることを知らされていたので、その皆様の思いに報いたい、満行して胸を張って報告したいと自分に目標を課したとも口にしておりました。

更に本人が、辞めて帰ったら、あのお母さんからどんな目に遭わされるかお父さんも分かるやろ・・とも、母親に聞こえないように小声で洩らしておりました。
何はさておきまして、心身ともに無事の中、満行を迎えられましたことは、陰ながら檀信徒の皆様方が、弘円へ厚く温情を注いで頂き、その思いが心強い後押しになったからこそ、苦行を乗り越えられたものと、言葉にならぬ感謝をもって御礼申し上げます。
そして、弘円が管長猊下より賜った法脈(空号)は、「願空(がんくう)」でございました。

弘円(こうえん)改めまして、願空弘円西堂(がんくうこうえんせいどう)となったのでございます。因に「西堂(せいどう)」とは、弘円の今現在の位を指しております。

ところで、空号を拝命した際、管長はどのようなお考えで「願空」を授けて下さったのか、甚だ僭越ではございますが、愚僧ながらに思いを巡らせ、勿論、無学若輩者にて、管長の深いご心中の的をどこまで得ているのかは、いささか不安ですが、私なりに思いを巡らせますと、「願」の意味は、仏教の重要な概念の一つで、心に期する目的の実現を願い求めることを意味しております。
この世に生きている者は、誰もが願いをたて、救いを求めることが、信仰の根底となっております。お釈迦様が、まだご自分が菩薩のときに、人々を救わんとして願い(誓い)をたて、その願いの成就のために行(ぎょう)をしたのです。
そしてその思いを仏教では、『弘願(ぐがん)』とも申すのです。その志を私共僧侶はお釈迦様の仏弟子となった時から、仏道の中で学び探求し、後世に引き継ぐ責務を負って日々精進しているのでございます。
弘円も加行を満行し、仏弟子となった自覚と共に、お釈迦様のような大業は出来ずとも、人々に寄り添い、人の為に尽くしなさいと諭され、願われ、管長より「願空」を拝命したのかと想像致しております。しかも、その思いを表現する文字に、弘円の名前の文字も重なる『弘願(ぐがん)』と合間ったのではないかと、感服致しております。

管長の本髄ははかり知ることは、到底愚僧の私には出来かねますが、それでも、仏弟子になったことには違いなく、今の初心を忘れることなく、仏道に精進してもらいたいと切に願っております。
付け加えますと、この加行が満行を迎えたからと、弘円自身が、本山を離れ泉福寺に戻ってくるのかと思われがちですが、実はそうではございません。
詳しく申しますと、僧侶への道のりは三つございまして、弘円のように本山住み込みの随身生になる者、近くの自分のお寺から通いで学ぶ者、最後に通信課程で学ぶ者の三通りに分かれます。通信課程で学ぶ者の多くは、既に別の大学や職業に就いている方が多くを占めております。

どの方法を選択しようとも、今回の加行を受けて法脈を賜らなければ、次の過程には進むことができない、と同時に、住職にはなれないのでございます。
よって、加行が終われば、いつもの生活に戻り、学校や職場に戻る者、自分のお寺から本山へ通う者、そして弘円はまた、本山に住み込む随身の生活に戻るのです。実際弘円が泉福寺に戻るのは、あと数年先のこととなるでしょう。
その間、本山の皆様や多くのご住職様のご指導の上で経験を積み、様々なことを身に着けてくれること少し重ねて、満行時のことをお話致しますと、満行時の予定は、午後二時の解散となっており、多くの保護者や関係者が、その時間に合わせ迎えに来られており、時間になると各々の方向へ笑顔で別れて行きました。

しかし、弘円を含む三名は、本山住み込みの身です。本山職員やご擁護下さったお寺様と共に、最後の最後まで掃除と片づけを、その後数時間していたのです。
これが、住み込み随身生の現実の在り方です。本人も、その時ばかりは、疲労困憊の心身で作業にあたりながら、随身生の厳しさを思い知らされたことでしょう。
ただし、だからといって随身生が偉いわけでも、秀でているわけでもありません。他の大学で学ぶ者は、本山で学ぶことに加え、今現在の経済に見合う社会に直結した学問を習得し、社会に生かそうとしております。職に就いている者は、生きる実際の生活の中で、心の鍛錬と仏道を並行の上で修行しております。どの立場にあろうとも、どの環境に身を置こうとも、それぞれの立場でこの世の修行をし、仏道を突き進んでいるのです。
その中で、たまたま弘円は、本山住み込みの随身という形態の中に身を置いているだけなのです。

管長より法脈授与
管長より法脈授与

その弘円本人ですが、ご承知のとおり、性格は不器用中の不器用で、本山での住み込み修行の中でも、さぞや本山職員の皆様にご迷惑をかけていることでしょう。
そのことは親として申し訳ないとお詫び申し上げなければならないものでございます。その申し訳ない心の中で、唯一自分の慰めと致していることがございます。
私の敬愛致しております数寄者(すきしゃ・・茶道の修業をしている人の意)の方のお言葉で、『器用な者は、所作を覚えることが当然早く、しかし器用さ故に流れやすい上に、手つきや見栄えはよくても深みが足りない。逆に不器用な者は、不器用故に一事が万事、注意指摘を受け、一つを覚えるのに無駄なほどの労力を要す。
しかし、ありがたいことに、苦労苦心しながら人より多くの稽古をせざるを得ないことで、知らず知らずの内に鍛えられ、自然と心身が深められてくるという修行の尊さを体感できる』、と、おっしゃっておりました。

弘円がそう学ぶことが出来るのか否かはさておき、そう学べる随身の環境に弘円が身を置かせて頂いているご縁に感謝至極の胸中でございます。
そして早速、弘円自身が感じたであろうと思うことがございました。それは、最後の水行の時であります。水行を終え、もうその桶の水を自分たちがかぶることはないにもかかわらず、加行人は桶に水を張って、その場を整えて立ち去るのです。その桶の水は、来年受ける加行人に充てたものです。実際には、一年その水を置き続けるわけではないのですが、終わった加行人から来年の加行人へ、覚悟の思いの伝達の印です。
どの加行人も、志は置いていくものの、来年の加行時にはその場に居ることはできません。しかし、弘円は随身しているからこそ、来年、直接加行人へ志を渡すことが出来るのです。随身冥利に尽きるでしょうし、今からの一年の時が、弘円の加行に対する思いが円熟を増すのではと期待致しております。

やっと足袋が履けました
やっと足袋が履けました

しかし、所詮愚僧の私の子です。
決して褒められることばかりではございませんし、むしろ失敗の上に失敗を重ね、檀信徒の皆様を、がっかりさせることも多々あるかと思います。
そんな愚弟弘円にもかかわらず、今回多くの檀信徒の皆様、総代世話人様、泉会会員の皆様より、激励とお見舞いを賜りました。
弘円本人に成り代わり御礼申し上げると共に、まだまだ修行半ばの身にて、今まで以上にご指導賜りますようお願い申し上げ、あいさつと代えさせて頂きます。

合掌
泉福寺 住職 高野 照弘

追伸 本山ご先祖様ご回向された方、並びに、弘円加行見舞いを志納下さいました檀信徒の皆様には、只今記念品を作成中でございます。少しお時間要しますことお詫び申し上げ、出来次第ご郵送させて頂きます。 また、ホームページも加行の動画発信準備中でございます。