泉輪 平成3年4月



今こそ救いを求めて


古代から病気というものは悪魔や神による災いと信じられていたため「医師」という職業は世界各地で現在でも宗教と密接に関わっているものが多いようです。
西洋において「医」の象徴とされているのはギリシア神話に登場するアスクレピオスであります。アスクレピオスは死者をも蘇らせる能力を持った名医になったのですが、死者の国の支配者ハデスの怒りを買ったため、雷で焼殺されました。その魂は、その後「蛇つかい座」の星になり、今も輝き瞬いているという、神秘的なのか、生生しい話なのか、神話の展開は奇想天外で興味深いものです。

また、そのアスクレピオスの杖は蛇が巻き付いており、その杖も信仰の対象になったそうです。なぜ蛇が杖に巻き付いているのか、諸説あるものの、医学においては「生と死」「病気と健康」という、正反対の矛盾したものを扱う二面性があり、蛇の特性からこれを表現するシンボルとなったことに由来するそうです。
と申しますのも、古代ギリシャ時代では既に、蛇から抽出された成分を使い、命を救う薬にも、死に至らしめる毒にもなることが知られていたので、「生と死」「病気と健康」の二面性を象徴しているからだとされています。また、脱皮を繰り返す蛇の習性が、再生と復活を意味し、より強調化されいったようです。


WHOの旗

そして、現在WHO(世界保健機関)を含めて世界各国で「医」の象徴としてアスクレピオスの杖が用いられています。また、東洋において「医」の象徴とされているのは、薬師如来が知られています。

薬師如来は、 左手に薬壺を持たれております。我が宗派西山浄土宗を含む浄土系のご本尊はご存知、阿弥陀如来で、西方極楽浄土に居られ西の仏様として人々を救っていると説かれておりますが、こちらの薬師如来は東方瑠璃浄土に居られ、衆生の疾病を治癒して寿命を延べ、災禍を消去せしめんと誓いを立てて、東に居られる仏様です。

仏教神話では、仏様が住み分けをされているのが面白いです。ちなみに南には観音菩薩が居られ補陀落浄土(ホダラクジョウド)があると説かれています。
何故か北の方向に浄土の世界があるとは説かれていないのは不思議なことでございます。何か忌み嫌う理由や逸話があるのでしょうが、見識不足にて今段階わかりません。
さて、話戻りますが、そのようにご利益ある仏様が仏教の教えとして登場した六世紀頃、時を同じくして、日本に天然痘が流行したのでした。

元々島国日本には天然痘はなかったのですが、中国や朝鮮半島から、渡来人の移動とともに持ち込まれたらしく、新型コロナウイルス同様、人流により広まってしまう構図は今も昔も変わりがないようです。
天然痘は何度か流行したのですが、最大の流行は、奈良時代中期で、このときには総人口の二十五〜三十五%に相当する百〜百五十万人が死亡したと推定されていますので、日本史上最大の大惨事です。その様子に、当時の聖武天皇は天然痘終息に発願し、仏教にあつく帰依され、東大寺の大仏建立を思いたったのです。
もし天然痘の大流行がなければ、東大寺の大仏は造立されなかったのかもしれません。

また、聖武天皇は天然痘だけでなく、あらゆる苦しみから人々を救うには、多くの慈悲の力を放つ大きな大仏が必要だと、高さは、十四メートルの大仏を建立されてのです。
人力だけで作られる労力の苦労は、仏様から救われたいと願う人々の力が勝ったからこそ、成しえたものでしょう。

このように過去の未知なるウイルスとの戦いと宗教は密接に関係しておりました。
近代医学の観点から考えてみると、宗教の力で、ウイルス撃退などするはずもなく、神仏の災いや戒めで病原菌が発生するわけではないことは百も承知ではございますが、救いを求める心は時を隔てても何ら変わりはなく、神仏に願い、終息を思い描くことで、人々の脳裏に意識の働きが起こり、行動は安全対策を取るようになるのではないかと思っております。

地道な感染対策に加え、お念仏の心の働きにより、今のコロナの苦難を共に乗り越え、一日も早い終息を願っております。   

       

十念合掌
輝空談