まさかの「レレレのレ〜」
六月半ばまで爽やかな初夏を感じておりましたが、そのような気配は一切消え失せ、極暑極まる今日この頃でございます。
本当にこの上なく暑い毎日が続いております。そして、その暑さがお盆を知らせる物差しとなっており、慌ただしさを感じている心中でございます。
さて、本日はお釈迦様のお弟子様のお話を致したいと思います。
お釈迦様には十大弟子 (じゅうだいでし)といって、多くのお弟子さんの中でも最も主要な十人の弟子がおられました。
その方々は特殊な能力や智恵を持ち、人々を助ける役を担っておりました。その次に二番弟子的な存在の十六羅漢(じゅうろくらかん)と言われるお弟子さんもおりました。
十六羅漢は、お釈迦様が『阿弥陀経』の説法をされた時、そこに参詣していた代表的なお弟子さんを指すのでございます。
その十六羅漢(じゅうろくらかん)の一人に珍しいお弟子さんがおりました。
そのお弟子さんは、インドで掃除をしながら悟りを開いたお坊さんと言われていたのでございます。そして彼はお釈迦様に大変かわいがられており、その彼の名を周梨槃特(しゅりはんどく)と言いました。周梨槃特は兄に誘われてお釈迦様の弟子となりました。
この兄は聡明でしたが、弟の周梨槃特は、物覚えが悪くて朝聞いたことも夜になると忘れてしまううっかり者でした。その上、自分の名前も覚えられず、その為、名前を書いた札を背中に背負い、名を荷い(なをにない)ながら人に名前を聞かれると背中を指差し教えるほどの人物でした。
それ故、当然ながら他の弟子からいつも馬鹿にされていたのでございます。
周梨槃特もさすがにそういう自分が情けなくなり、門の外で泣いていると、見かねたお釈迦様が「なぜ、そんなに悲しむのか」と優しく声をかけられたのです。
周梨槃特は正直に自分の現状を話し、「私はもうお坊さんができません。どうして私はこんな愚か者に生まれたのでしょうか」と大泣きをしたのでした。
するとお釈迦様は「悲しまなくてもよい。おまえは自分の愚かさをよく知っている。世の中には、自身の愚かさを自覚しないでいる者が多い。愚かさを知ることは、とても大切なことだ。」と優しく慰められて、一本の箒(ほおき)を手渡しながら「塵(ちり)を払い、垢(あか)を除かん」の「お言葉」をお授けになられました。
周梨槃特はそれから「塵を払い、垢を除かん」と繰り返し称えながら、毎日掃除をし続けました。
ある日、周梨槃特は、いつものように庭の掃除をしていました。
するとお釈迦様が声をかけ、「毎日頑張っていますね。だがまだ、一ヶ所だけ汚れているところがありますよ」とおっしゃったそうです。
周梨槃特は不思議に思い「汚れているのはどこですか」と尋ねましたが、お釈迦様はただ黙ったままでした。お釈迦様の問いかけに疑問を持ちながらも、それからもずっと周梨槃特は「塵を払い、垢を除かん」と称えながら、心を込めて掃除を続けました。
しばらくたったある日、周梨槃特は気づいたのです。
物覚えの悪い自分を馬鹿にした周りの人に対し、怒りや悲しみがある自分の心を思い出して、「汚れていたのは自分の心だったのではないのか」という思いに至りました。
するとその時、お釈迦様は周梨槃特の後ろに立っていて「これで全部きれいになりましたね」と諭されたそうでございます。
その後、周梨槃特が
亡くなった際、墓から名前のわからない草が生えてきました。
周梨槃特のお墓から生えてきたので、いつとはなしにその草を名を荷っていた(なをになっていた)周梨槃特の様子を表すかのようにその植物を「名荷・茗荷(みょうが) 」と呼ぶようになりました。
茗荷を食べると、物忘れがひどく、馬鹿になると言われる迷信は周梨槃特の逸話からきたものだったのでございます。
話は変わりますが、周利槃特をモデルにしと言われる漫画の登場人物があることを皆さんはご存じでしょうか。
それは、赤塚不二夫さんのマンガ「天才バカボン」に出てくる掃除する「レレレのおじさん」だという説のようです。
諸説あるようですが主人公のバカボンの意味合いを、関西地方でおバカな坊ちゃんのことをバカなボンボンという説や、英語で放浪者を表わすvagabond(バガボンド)を用いて、自由な主人公にしたかったからという説や、はたまた、お釈迦さまのことを別の呼び方で「薄伽梵(ばかぼん)」と呼ぶことから、ここから「バカボン」というキャラクターの名前が付けられたとも言われています。
真意は定かではありませんが、ただ赤塚不二夫さんが仏教に詳しかったのは事実のようで「天才バカボン」の中に、バカボンのパパはお釈迦さまの誕生逸話と同じように、生まれてすぐに歩き、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言ったという場面の放映があったそうですからなかなかのものです。
そして何を隠そう、バカボンのパパのキャッチコピーである言葉「これでいいのだ」は「あるがまま」「ありのままを受け入れる」という仏教の悟りの境地を表されているとも取れます。
それに加え、『おでかけですか〜』と声をかけてくる「レレレのおじさん」についても、お釈迦様の弟子である「周利槃徳(しゅりはんどく)」がモデルになっているといわれているとすれば、「天才バカボン」には、改めて赤塚 不二夫さんの仏教に対する造詣の深さを感じずにはおれず、 感服する次第でございます。
周利槃徳(しゅりはんどく)の徳の話より、何だか漫画天才バカボンの残像が強く脳裏に残る話になってしまいましたが、夏の暑さで考える力も入らないこの時分とはいえ、夏野菜の茗荷(みょうが)にも仏教に関わる「いわれ」があることを覚えて下されば幸いでございます。
合掌
輝空談