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泉福寺に関連した時代の年表

長承三年(1133)四月七日
浄土宗開祖法然上人岡山県久米南町にて誕生する
承安三年(1173)是歳
 幸阿上人九条家にて誕生する
安元元年(1175)是歳
 浄土宗開祖法然上人専修念仏を唱える
建久九年(1198)三月
 【選択本願念仏集】成る〔法然六十六歳〕
元久二年(1205)是歳
  第六世 幸阿上人、西山浄土宗総本山光明寺第三世住持就任
承元元年(1207)二月
 朝廷は専修念仏を禁じ法然土佐へ親鸞越後に流す
建暦十二年(1212)一月
 浄土宗開祖源空法然上人 入滅八十歳
安貞二年(1228)二月
  総本山光明寺第三世住持幸阿上人九州へ下る
天福元年(1233) 是歳
 幸阿上人、上八村に泉福寺を開山する
暦仁元年(1238)十二月二日
 泉福寺開山の幸阿上人入滅六十六歳
文明五年(1473)是
 宗像興氏(おきうじ)鐘崎の沈鐘引き揚げをこころみるも失敗
 鐘崎海女の活躍が宗像軍記に残されている。
文禄四年(1595)十二月一日
 上八村より分離して鐘崎村が誕生する
慶長九年(16604)是歳
 黒田長政 鐘崎の沈鐘引き揚げを試みるも失敗
慶長十年(1605)是歳
 泉福寺移転計画の準備に入る
元和二年(1616)是歳
 泉福寺 上八村より現在地に移転する
寛文五年(1665)八月一日
 泉服寺第八世照空上人 梵鐘鋳造を発願する
 沈鐘をかたどった梵鐘鋳造を発願し、即非禅師に銘を請う
寛文八年(1668)是歳
 泉福寺の梵鐘鋳造完成する
寛文元年(1789)十二月
 晦日(みそか)泉福寺の庫裡焼失する
寛政二年(1790)
 泉福寺の庫裡再建
弘化三年(1846)
 通称 泉福寺ご三家により本堂改築さる  
 <八尋家伊勢屋 刀根家佐渡屋 石橋家石見屋>
明治二年(1869)
 泉福寺鐘樓改築<佐渡屋刀根氏一族による>
明治三一年(1898)
 高潮〔津波〕の為に新町一帯二十戸流失する
 以後、波浪荒天の場合は泉福寺境内に漁船を引き揚げる
大正八年(1919)十一月十六日
 嘉穂郡忠隈出身、山本菊次郎に依り伝説の沈鐘の引き揚げに
 成功するも後日、巨岩と判明する
昭和二年(1927)是歳
 泉福寺庫裡改築される
昭和十一年(1936)『旧暦四月八日』
 花祭り行事第一回白象行進開始さる
昭和十七年(1942)七月一八日
 供出命令を受けた泉福寺梵鐘返還される
 大東亜戦争中で 政府は家庭や事業所にある金属類を供出
 させて兵器に鋳潰する目的の為に泉福寺の梵鐘も対象になっ
 たが文化財的価値を認められて返還され、危うく消滅の難を
 免れた逸品。
昭和二二年(1947)九月
 泉福寺いずみ会結成なる
昭和二三年(1948)五月五日
 花まつり白象行進第五回より復活
昭和三四年(1959)三月三一日
 泉福寺梵鐘が県工芸文化財の指定受ける
昭和三五年(1960)十二月十一日
 鐘崎海女道具十点県民俗文化財指定受ける
   〔鐘崎海女は伝説の沈鐘引き揚げの度毎に活躍した〕  
昭和四五年(1970)八月

 本山光明寺 法然上人火葬所の聖地横に於て、泉福寺檀信徒
 一行八十名盆踊り供養する。
昭和四十九年(1974)十月十二日
 泉福寺本堂焼失する
昭和五一年(1976)
 泉福寺本堂再建〈鉄筋コンクリート建築〉
平成三年(1991)十一月十五日
 鐘崎盆踊り県民俗無形文化財指定受ける
平成五年(1993)是歳
 泉福寺庫裡 老朽虫害により改築成る
平成八年(1996)五月三〇日
 泉福寺第十四世信空上人は西山浄土宗総本山光明寺
 第八十二世法主となる
平成十一年(1999)五月十日
 泉福寺の榎 県天然記念物指定受ける
平成十一年(1999)九月二六日
 本山第八十二代大僧正信空純雄上人 入滅八十五歳
平成十三年(2001)七月
 新納骨堂 落成
平成十五年(2003)五月
 本堂屋根等大改修工事 落成