お寺豆知識
 迷信の沙汰「夜爪を切ると・・」
 仏旗(ぶっき)
 億劫(おっくう)
 レンゲ草と滝野瓢水(たきのひょうすい)
 誌公帽子(しこもうす)
 鐘の音色
 京都・禅林寺(永観堂)
 仏前結婚
 仏花(ぶっか)・菊
 浄土三部経(じょうどさんぶきょう)とは
 干支
 今更聞けなかったお十夜の流れ
 仏頂尊(ぶっちょうそん)と仏頂面(ぶっちょうづら)
 黒田官兵衛(くろだかんべえ)無理押し語録
 日本三大梵鐘
 和蝋燭(わろうそく)
 お盆のお供え物
 仏教三大聖樹・沙羅双樹(さらそうじゅ)
 仏教三大聖樹・印度菩提樹
 彼岸花・ひがんばな
 各地の面白お盆風習
 卍(まんじ)
 六曜・友引(ろくよう・ともびき)
 正座
 仏具の歴史と意味 三具足(みつぐそく)、五具足(ごぐそく)
 施餓鬼定番料理・水芋
 法然上人 八百年御遠忌
 花まつりの由来
 蓮のあれこれ
 枕経
 総本山 光明寺 法要あれこれ
 三宝・三方とは
 2つの施餓鬼の由来
 提灯(ちょうちん)
 灌仏会と甘茶
  木魚 ( もくぎょ ) について
  宗紋 ( しゅうもん ) には2種類の文様があるのです
  施餓鬼旗 ( せがきばた ) には、どんな意味があるのでしょう?
  卒塔婆 ( そとうば ) の御戒名の上に書かれている 文字は?
 お数珠の玉数の意味
  閻魔 ( えんま ) 様とは・・・
 阿弥陀様の他に、祀ってある仏様は・・・
 お十夜の由来
 葬儀と告別式の違い
 中陰とは
 僧侶の衣とお袈裟について
 鐘の音
 鐘撞きの数は何故108つ?
 除夜の鐘ってどういう意味?
迷信の沙汰「夜爪を切ると・・」

子どもの頃、雷が鳴ると雷様にお臍を取られるだの、食べた後すぐ寝ると牛になる、等、子供のしつけの会話の中で多くの迷信が引用されてきました。理化学的に裏付けされているものも中にはあるようで、例えば「ネコが顔を洗うと雨」とか、「ヘソのゴマを取ってはいけない」などといった表現は、先祖たちが言っていたことを素直に信じると病気や災害を避けられるものも含まれているようです。

では、迷信とはいったいどのようなことを具体的に指すのでしょうか。私たちの感覚では、単に意味もなく口にする「ことわざ」と申しましょうか、口癖と申しましょうか、言うことに何のためらいも弊害も感じないものと思っておりますが、法的にも言及される人種差別や人間の尊厳にかかわる根深い迷信もあるのです。その迷信として挙げられるものの一つに「狐持ち・きつねもち」の迷信があります。この考え方は、近世中期の頃、出雲地方で信じられ、その後その周辺諸国に色濃く信じられた迷信といえるでしょう。

「狐持ち」の迷信とは、「狐持ちの家系の人はキツネの霊を操り人を呪う」と信じている迷信のことで、「狐霊というのは人に憑いて憎む相手を病気にしたり、呪いをかけたりすることができる」と信じられてきました。「狐持ち」とされてしまった家系の人は、この迷信のため差別され、自由な結婚も認められないなどの苦痛を味わったとのことです。この迷信は根強く、現在でも忌み嫌われている地方があるということに驚かされます。いうまでもなく、国際人権規約 2条に抵触しておりあってはならないことです。世界的に見ても、中世ヨーロッパの魔女狩り等もこれに似た現象なのかもしれません。人々に信じられている考えで、多数決の力が真実味の強みを増したとき、例え合理的な根拠を欠いていても、それが是であるとなる典型的な現象でしょう。

それとは逆に迷信には多くの良さもありまして、人生の些細な戒めであったり、指針であったりする何気なさに共感を覚えるものも多くあります。

夜爪

例えば「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」という迷信があります。「夜爪(よづめ)」は、「世詰め(よづめ)」と音が同じで、短命という意味と重なり忌み嫌われました。これは日本人に得意な語呂合わせ戦法です。また夜爪は「夜詰め(よづめ)」とも読み替えられ、「夜詰め」とは「通夜」のことを意味し、 「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」という表現は、確かに複合的な意味合いの寄せ集めであり、単なる言葉遊びにすぎないものもありますが、儒教の教えが伝わったころからその意味は一層深まりました。その経緯をご説明致しましょう。

まずは爪にまつわる記述を調べてみますと、何と「日本書紀」にまでさかのぼるのです。そこには、人体の一部である爪には霊魂が宿り、霊気が強まる夜に切ることなかれ、と記載されているとのことです。その後儒教が日本に伝わると儒教の教えで、来世でも親子、兄弟であることを信じ願い、亡くなった人の埋葬際、爪や髪の毛を一緒に埋葬し弔ったといわれております。また、江戸以降になると金属加工の技術が向上し、はさみが考案されましたが、照明器具が不十分な時代にて手元が見えなく危険で、傷でも負えば感染症で命を実際に落とすこともあったとか。 こんな現象は親の死に目に会えないという迷信が出来た決定的な事案のようです。また、手作業で労働を強いられていた時代、作業の過程の摩耗により爪が伸びることは今ほど頻繁でなく、爪を切るとは楽をしている証拠と揶揄されることもあったようです。 いずれにしても、夜に爪を切ると何もいいことが無いから、夜に爪を切ってはいけないとされたという、結論の迷信として定着したのでした。お分かり頂けましたでしょうか。

仏旗(ぶっき)

以前の「いずみ」で宗紋の話を致しました。
一つは浄土宗の紋である杏葉紋(ぎょようもん)もう一つが浄土宗の中の我が宗派、西山浄土宗が使う久我竜胆紋(くがりんどうもん)です。どちらも浄土宗としての寺院が使う紋様であるため、他の仏教宗派(例、曹洞宗、日蓮宗、天台宗・・等々)では違う紋様を使います。
では、宗派を超えて、日本仏教としては共通の紋様があるのでしょうか。
実は、日本には59の宗派と各都道府県に存在する仏教会(連合会)が所属する「全日本仏教界」という公益財団法人の団体がございまして、更にその公益財団法人は「世界仏教徒連盟」に加入しており、その加盟団体が使う仏旗(ぶっき)が世界仏教共通の旗として用いております。その形式は、仏教を象徴する精神を六色で表し「六色仏旗」とも呼ばれております。

しかし、仏教誕生2500年の歴史に対し、この仏旗の歴史は意外に浅く、1885年にスリランカで開催された「コロンボ委員会」においてデザインされました。
その後、形の手直しがなされ、1950年5月25日に、世界仏教徒連盟(WFB) の第1回世界仏教徒会議(開催国:スリランカ)において、この旗を世界の仏教徒のシンボルとし、正式に「国際仏旗」として採択されました。
日本国内では1954年に、第2回日本仏教徒会議(会場:永平寺)において採択され、日本でもようやく浸透していった経緯がございます

国際仏旗は、左から青(緑)、黄、赤、白、橙(紫)、の5色が用いられます。しかしこの旗の名称は、六色で表す「六色仏旗」で、一色足りません。6色目に配する色は、一番右の列に5色を上から順番にに並べた縞模様とし、またそれらの色にはそれぞれ意味が込められている。

  • 青(緑)は仏陀の頭髪の色で、「定根」をあらわす。
  • 黄は仏陀の身体の色で、「金剛」をあらわす。
  • 赤は仏陀の血液の色で、「精進」をあらわす。
  • 白は仏陀の歯の色で、「清浄」をあらわす。
  • 橙(紫)は仏陀の袈裟の色で、「忍辱」をあらわす。
  • 残りの1色は「輝き」をあらわし、旗の6列目には独自の色は配されず、他の5色を上から順に並べた縞模様で表現される。

日本各宗派では、多くの寺院で旧配色の仏旗を使い、幕や幡、幟(のぼり)」でその色を取り入れております。

仏旗(新配色) 仏旗(旧配色) 適当な写真がなく、これはよそのお寺です

億劫(おっくう)

昔、あるところになかなか子どもが生まれない夫婦がいました。
でも、ある時、ようやくかわいらしい男の子が産まれました。
お父さんとお母さんはとても喜んで、この子が元気で長生きするように、と偉いお坊さんに頼んで、長生きできそうな名前を付けてもらいました。
お坊さんは一生懸命考えて、ありがたい言葉や長生きした人の名前授けてくださいました。両親は結局その中から選ばず、全部くっつけて、とてつもなく長い名前を男の子に授けました。と、ご存じ、落語の「寿限無(じゅげむ)」というおはなしです。

名前は、「寿限無(じゅげむ)寿限無、五劫(ごこう)のすりきれ、海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)の水行末(すいぎょうまつ)、雲来末(うんらいまつ)、風来末(ふうらいまつ)、食う寝るところに住むところ、やぶらこ うじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命(ちょうきゅうめい)の長助」でございます。

その言葉一つ一つの説明をしておりましたら、お盆の初盆表が載せられませんので、その中の「五劫(ごこう)のすりきれ」の話でございます。

この「劫」とは、仏教でいう時間の単位です。縦・横・高さがそれぞれ一六〇キロメートルの大岩があって、ここに百年に一度だけ天人が降り立ち、その天人の衣が大岩の表面をなでてすりきれるまでの時間を一劫(いっこう)といいます。それを五回繰り返すことが「五劫(ごこう)のすりきれ」でございます。要は、それくらい長生きしてほしい、という願いなのです。
そして、この劫が一億回も続いた時間を「億劫」といいます。「オッコウ」が「オックウ」と読み替えられて今に至っております。 つまり「億劫」はとてつもなく長い年月のことで、限りなく永遠に近い時間と考えます。そんな数えつくせぬほどの長時間のことを考えると、目の前の些細なことに一喜一憂するのではなく、おおらかな心境にさせてくれるのが「億劫」の語源の真髄です。

しかし現在は、時間が長くかかってやりきれない心情を指し、めんどうで気が進まない様の意味に転じてしまいました。有難さの深みが、悪くとられてしまうようになったのでございます。

それに致しましても、親が子に有らん限りの願いを込めて名を授けるのは、いつの世も同じでございますし、わが家も長男に限ってはそうでした。次男、ましてや三男となると、なんか適当感が出るのはこれもまた世の常でございましょうか(苦笑)

億劫(おっくう)

昔、あるところになかなか子どもが生まれない夫婦がいました。
でも、ある時、ようやくかわいらしい男の子が産まれました。
お父さんとお母さんはとても喜んで、この子が元気で長生きするように、と偉いお坊さんに頼んで、長生きできそうな名前を付けてもらいました。
お坊さんは一生懸命考えて、ありがたい言葉や長生きした人の名前授けてくださいました。両親は結局その中から選ばず、全部くっつけて、とてつもなく長い名前を男の子に授けました。と、ご存じ、落語の「寿限無(じゅげむ)」というおはなしです。

名前は、「寿限無(じゅげむ)寿限無、五劫(ごこう)のすりきれ、海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)の水行末(すいぎょうまつ)、雲来末(うんらいまつ)、風来末(ふうらいまつ)、食う寝るところに住むところ、やぶらこ うじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命(ちょうきゅうめい)の長助」でございます。

その言葉一つ一つの説明をしておりましたら、お盆の初盆表が載せられませんので、その中の「五劫(ごこう)のすりきれ」の話でございます。

この「劫」とは、仏教でいう時間の単位です。縦・横・高さがそれぞれ一六〇キロメートルの大岩があって、ここに百年に一度だけ天人が降り立ち、その天人の衣が大岩の表面をなでてすりきれるまでの時間を一劫(いっこう)といいます。それを五回繰り返すことが「五劫(ごこう)のすりきれ」でございます。要は、それくらい長生きしてほしい、という願いなのです。
そして、この劫が一億回も続いた時間を「億劫」といいます。「オッコウ」が「オックウ」と読み替えられて今に至っております。 つまり「億劫」はとてつもなく長い年月のことで、限りなく永遠に近い時間と考えます。そんな数えつくせぬほどの長時間のことを考えると、目の前の些細なことに一喜一憂するのではなく、おおらかな心境にさせてくれるのが「億劫」の語源の真髄です。

しかし現在は、時間が長くかかってやりきれない心情を指し、めんどうで気が進まない様の意味に転じてしまいました。有難さの深みが、悪くとられてしまうようになったのでございます。

それに致しましても、親が子に有らん限りの願いを込めて名を授けるのは、いつの世も同じでございますし、わが家も長男に限ってはそうでした。次男、ましてや三男となると、なんか適当感が出るのはこれもまた世の常でございましょうか(苦笑)

レンゲ草と滝野瓢水(たきのひょうすい)

皆さん覚えておられますか? 以前の「いずみ平成23年7月号」に掲載致しました「蓮のあれこれ」ですが、その際の掲載内容は、蓮にまつわる「ことわざ」と蓮の名が付く「大山蓮華」という花の紹介を致しました。
本日の「蓮にまつわる」ご紹介は、誰もが知っている「レンゲ(蓮華)草」でございます。この時期、春の野にレンゲのピンクに菜の花の黄色、そして麦の緑と春色の風情を表します。化学肥料の普及で、レンゲ畑は少なくなっていると言われておりますが、目にする度に春の訪れと、なぜか懐かしいのどかな気持ちにさせてくれる「レンゲ草」をまずは紐解いてみたいと思います。

レンゲ草の花言葉は、「あなたと一緒なら苦痛がやわらぐ」「心がやわらぐ」だそうです。一輪では華やかさに欠けるレンゲ草も、群衆で咲き誇る姿に、本当に心癒されピッタリな花言葉です。
日本固有の花と思いきや、中国原産の外来種とのことで、江戸時代の中期には緑肥として利用されたという記載があり、それ以前に自然飛来したものか、渡来したものと考えられています。
俳句の世界では、レンゲは春の季語で、それを用いた有名な句をご披露致しましょう。

レンゲソウ

手に取るな やはり野に置け 蓮華草

播磨(現在の兵庫県)の俳人、滝野瓢水(たきのひょうすい)が詠んだ句で レンゲ草は野に咲くから美しく見えるのであって、それを摘んできて家の中に飾っても調和せず、美しく見えないことから、遊女を身うけしようとした友人をいさめる為に、遊女は色町にいてこそ美しく見えると諭しました。今でも、世の多くの男性諸君には頷ける苦言かもしれません。

滝野瓢水とは、実際のところどんな人だったのでしょうか。 瓢水は本名を滝野新之丞(しんのじょう)といって豪商叶屋(かのうや)の息子でした。しかし放蕩を尽して余りあるはずの財産を使い果たし、すっかり貧しくなってしまったといいます。 次々と土地家財を売り払い、立ち並んでいた蔵の最後の一つを手放すこととなったその日に

蔵売つて 日当たりのよき 牡丹哉

かなり浮世離れしていたと思われますが、物事に執着がなく、中々味のある俳人の様です。
晩年、瓢水は出家して自得(じとく)と名乗り、悟りを得たと自称していました。ひとりの僧がそんな瓢水に会ってみたいと訪問したところ、薬を買いに出かけていて留守をしており、僧は帰ってきた瓢水に、悟りを得た者が死ぬのをいやがるのかと詰め寄ると、瓢水はそれに次の一句で答えました。

浜までは 海女も蓑着る 時雨哉

海に入れば濡れてしまうのに、なぜ海女は蓑(みの)を着るのか、仕事の前に風邪をひかないためです。 同じように、死ぬときまではきちんと生きなければならないと、瓢水の悟りの妙境を見る気がします。

◆レンゲはちみつとははちみつ

レンゲはちみつとは、レンゲの花のみから採れたはちみつになります。
日本人好みのはちみつの一つで、上品なコクとソフトでまろやかな舌触りで、香りはフローラル系の匂いがし、日本人に馴染みのあるはちみつって感じのはちみつで、”はちみつの王様”とも呼ばれています。レンゲはちみつの国内生産は岐阜県が一番で、発祥地とも言われております。
料理にも使いやすく、肉料理や魚料理などの隠し味に使いやすく、臭みを抑えて肉を柔らかくして隠し味として使えます。はちみつ自体に癖がないので何にでも合わせやすく使いやすいのが特徴です。主な効果として、便秘解消、利尿効果、肝機能向上効果などがあります。 レンゲ草の知識が広がりましたでしょうか?  本日はこれにて

誌公帽子(しこもうす)