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お寺豆知識



 除夜の鐘ってどういう意味?
 鐘撞きの数は何故108つ?
 鐘の音
 僧侶の衣とお袈裟について
 中陰とは
 葬儀と告別式の違い
 お十夜の由来
 阿弥陀様の他に、祀ってある仏様は・・・
 閻魔(えんま)様とは・・・
 お数珠の玉数の意味
 卒塔婆(そとうば)の御戒名の上に書かれている 文字は?
 施餓鬼旗(せがきばた)には、どんな意味があるのでしょう?
 宗紋(しゅうもん)には2種類の文様があるのです
 木魚(もくぎょ)について


除夜の鐘ってどういう意味?
大晦日のことを別名「除日(じょじつ)」と言って、その年が終わり、新しい年 が始まる
「旧年をのぞく日」という意味です。
その除日の夜で「除夜」、その時つく鐘だから「除夜の鐘」と言うわけです。







鐘撞きの数は何故108つ?
人には、

物事や世界を認識する6つの物理的な欲 
 六根 (眼・耳・鼻・舌・身・意)
悟りを開く妨げとなる6つの心理的な欲  
六塵 (色・声・香・味・触・法)


合計12の煩悩があるのです。

これには、それぞれ好・悪・平の3種類の状態があるので合計36個。 さらにそれらは、過去・現在・未来と3つの時間があるので、全部で108つ、 という事になります。 

つまり、生まれて、ずっと、煩悩の塊です。だから、反省と後悔をし、なのに、 更なる幸福を願い求めます。生きている限り、人間なのです。 泉福寺では、除夜の鐘の最初に、愚僧の私がつきます。

いの一番に、煩悩多き私への戒めの証です。

鐘の音
「音の良し悪しは梵鐘の肉厚や、材料の銅と錫(すず)との配合割合で決まります。造った後、すぐに鳴らさず半年、1年と置いて養生すると音色はさらによくなります」。と職人さんの話です。

 材料の銅と錫の配合比率は、ふつう6対1ほどらしく、錫の量が多いほど音色は高音になりますが、梵鐘はもろくなって割れやすいとのことです。
頑丈で、しかも顧客の求める音色をつくり出すのは至難の業でしょう。経験と勘に加え、現在では、これまでに製作した梵鐘の音の波形や振動数など、過去に蓄積した研究資料がものを言うようです。
泉福寺除夜の鐘 更に、歪みのない形は「溶かした材料(湯)を鋳型に流し込む火入れの瞬間に決まる」と職人はおっしゃいます。

流し込みの勢いが強すぎても弱すぎてもだめで、湯の色で温度を見ながら途切れずさっと流すのがコツだそうで、匠の経験と勘が頼りです。
火入れが順当で肉厚が整った梵鐘は、決して音が濁らず余韻も長く響く、とのことです。

 また、梵鐘の吊り下げ方、高さ、鐘を打ち鳴らす撞木(しもく・・打つ際の木の棒)の種類、周りの環境で音色は更に変わります。
そのお寺でしか聞けない唯一の鐘の音と思えば、感慨深いものです。
鐘の音は無常を説く「み仏の声」だといわれております。耳と心を澄まして聞けば、さらに造り手の情熱も伝わってくるでしょう。

僧侶の衣とお袈裟について

  日頃、皆様お檀家様へのお参りの際の服装といえば、白い着物の上に、袖丈の長い着物で更に袈姿  となっております。正式名称では、白い着物を白衣(はくえ)、その上に着る衣を、黒色は黒衣(こく え)、色物は色衣(しきえ)と申し、黒衣は、お通夜などの法要に、色衣は儀式法要に着用致します。

  覚えておられる方もいらっしゃるでしょうが、昔は私の色衣は「緑色」でした。今は、「紫色」でござい ます。この色の違いは、修業年数や寺院運営事業実績等、総本山光明寺での、適用修行を致し、本山 より認められ僧になり、初めて、紫色の衣「紫衣(しえ)」が着用できます。
更に、修行を続けた僧には、紅梅衣(こうばいえ)といって、紅色の衣がございます。私の様な愚僧に は、到底紅梅衣に到達することは出来ないでしょう。

  では、お袈裟 について、御説明致します。 古来昔は、僧侶になるために、出家した者は、この世のすべての欲望を捨て去ったものであるから、着るものも、きめられた数のものしか持つことが許されませんでした。 しかも、その材料は、一般民衆が不必要になって捨てた布切れを、廃物利用とでもいうべきもので あったので、 こういった布切れを集めてきて、それらを洗った後、適当な大きさにつぎ足し、壊色(え じき)と呼ばれる、原色を避けた色に染められました。 

この壊色という言葉の原梵語がカサーヤで、これを漢字に音字したものが 「袈裟」 であります。 ですから、現在の お袈裟 でも、その名残を残し、一枚布で作るのではなく、パッチワークのように、 何枚もの織物を繋ぎ合わせ、お袈裟 が作られております。

  では実際の、お袈裟 ですが、御法事等に使います お袈裟 を、五条袈裟(ごじょうげさ)、御葬儀や大 法要で使うお袈裟を、七条袈裟(しちじょうげさ) と申します。
  五条、七条などの数は、パッチワーク上に縫い合わせた、布の数の多さに由来するものです。 このような、雑学を以って、御法事などのお参りの席につけば、また違った物の見方が出来るやも知 れません。


中陰とは
読んで字のごとく、陰の中のことです。同じ「かげ」でも闇夜の影のことではございません。
仏教の陰とは、「お陰様」の意になります。

お陰様とは、我々人間には到底及ぶことの出来ない仏様のお力によって守り導かれる有難さをいいます。
人間は、往生(死去)すると、すぐにあの世までたどり着くのではなく、七日ごとに諸仏のお智恵を頂きながら、一歩ずつお浄土に昇って行くとされています。そのお智恵を授けて下さる仏様が、十三仏で、下記の表の仏様になられます。

十三仏 忌日 化身王
不動明王 太山王( 7日目) 秦広王
釈迦如来 二七日(14日目) 初江王
文殊菩薩 三七日(21日目) 宋帝王
普賢菩薩 四七日(28日目) 五官王
地蔵菩薩 五七日(35日目) 閻魔王
弥勒菩薩 六七日(42日目) 変成王
薬師如来 七七日(49日目) 太山王
他の仏様は、年回の守護をされます




また、化身王とは、インド仏教神話に出てくる王様で、我々人間の戒めのために描かれた空想仏になります。特に五七日の閻魔様は有名であります。
即ち、中陰とは、故人様が、その守護仏のお智恵を頂戴し、お導きを受け、七日ごとに次の中陰の世界に進んでいくということです。
そして七回目の七日法要(四十九日目)にようやく真の仏様になられ、お浄土にたどり着かれます。その故人様のあの世への無事の安堵が法要という儀式になるのです。
ですから、形だけ、四十九日法要を営んでも、真の四十九日目が来ないことには、まだ、故人様は、あの世までたどり着かれてはおられません。

しかし、この世の我われの生活様式から、本当の四十九日の日に法要は難しく、若干早めて致す事もしばしばです。
だからといって、法要は終えたとしても、四十九日目までは、故人様の行く末を案じ、お念仏して頂かねば、御供養にはなりません。また、御遺族様に於かれましても、故人様の往生を看取り、命の儚さと無常の悲しみをあじわいます。その悲しみは、決っして癒えることはございませんが、不思議な事に、四十九日の法要を区切りとし、普段の生活に戻ろうと前向きな心にさせて下さる、仏様のお慈悲を感じます。
泣く事も御供養なら、泣き終える事もまた、御供養と、仏様が教えて下さいます。



葬儀と告別式の違い
昨今のお葬式には、葬儀屋さんが喪家の意向を受け、お葬式を執り行いますが、 その際に、司会者が付くのが常のようです。

その司会者が、開会の際に「○○家の葬儀並びに、告別式を・・」と言われますが、 さて、葬儀と告別式との違いはなんでしょう。

葬儀とは故人の冥福を祈り、成仏することを願って遺族や近親者が営む儀式です。   また、仏教においても重要な意味があり、故人が仏道を修めるために、仏弟子として、 この世の塵祓いをし、お浄土に送り出す儀式のため、大切な儀式の一つとなっています。   

一方、告別式は故人の家族、友人や知人が、故人と最後のお別れをする儀式です。 本来は葬儀に続いて会葬者全員で、遺骨を墓地に埋葬する前に行う儀式でしたが、 最近では、一般の会葬者全員で、故人に焼香をすることが、中心に行われるようになりました。  

 このように葬儀と告別式はまったく違った意味を持つ儀式のため、 葬儀が終わると僧侶はいったん控え室に戻り、 あらためて入堂して告別式を行うのが正式の形ですが、 現代の諸事情や風習の流れから、葬儀と告別式を同時に行うことが多くなってきています。



お十夜の由来
お十夜(おじゅうや)」は、十一月から十二月にかけて、 全国の浄土宗寺院で、ひろく行われる念仏会(ねんぶつえ)です。   「十夜法要」「十夜講」「十夜念仏」などともいい、もともとは陰暦の十月五日の夜から、十五日の朝まで、十日十夜にわたる法会でした。  この法会は、浄土宗で最も大切な経典の一つ「無量寿経」の巻下に、

「この世において十日十夜の間善行を行うことは 
仏の国で千年善行をすることよりも尊い」

と説かれていることによります。

 お十夜は、お念仏の尊さを知り、感謝の気持ちを込めて、これをお称えする大切な法会です。

  今日ではその期間も、十日間から五日、三日、あるいは一日と短縮されて行われていますが、この大切な念仏会に参加し、仏の国での千年の善行にも勝る善行を、是非積んで頂きたいものです。


阿弥陀様の他に、祀ってある仏様は・・・


阿弥陀様に向かって左側が、「法然上人(ほうねんしょうにん)
阿弥陀様に向かって右側が、「善導大師(ぜんどうだいし)


法然上人は、浄土宗を開いた高僧です。
また、善導大師は唐(中国)の僧侶で、阿弥陀仏と念仏を説かれていました。その善導大師の御文に導かれ、法然上人が、浄土宗をお開きになったのです。

本堂両脇(東側、浜側)に、二仏(法然上人像と善導大師像)が鎮座されており、お祀り致しておりますし、皆様の御自宅のお仏壇にも同じく、二仏が鎮座されております。
また、本堂では、この度、分かりやすく、木札をたてておりますので、御覧下さい。




   
閻魔(えんま)様とは・・・
ちまたのお話に「閻魔様(えんまさま)」が死者の裁きの番人として出てきます。この世の行いが良いと、あの世(お浄土)に送り、悪い行いの者は地獄へ送るといわれています。
閻魔様は十三仏のお一人で、中陰の期間の5七日(ごなのか)の守護仏です。
しかし、死後の世界は、この世の我々には、目にすることは出来ませんので、閻魔様はこの世の我々にも見えるように姿を変え、お見守り下さっています。


そのお姿が、「お地蔵様」です。空想の閻魔像は怖い形相とされていますが、実際の身近におられるお姿は、お優しいお地蔵様でした。いつでも、あの世に導かれるようにと、この世の者が、戒めとして、閻魔様の怖い裁きの逸話像を作ったようです。





お数珠の玉数の意味
 浄土宗で使用致しますお数珠(お念珠)を、日課念珠と申します。法然上人の弟子の阿波之介という和尚様が考案されたと伝えられています。  
 南無阿弥陀仏と念仏を唱え、その唱えた数を数える道具として考案されたのです。男女で玉数が違うのですが、男性用を三万繰日課念珠(さんまんぐりにっかねんじゅ)と申し、二つ輪が輪違いで繋がり一方が27個、もう一方が20個、玉があります。そして、房が二つ下がり、丸い房玉が6個、平たい房玉が10個ございます。  念仏を一回唱える毎に玉を一個爪繰り、全ての玉を掛け合わせると、
 27×20×6×10=32,400回(煩悩の数108の300倍)念仏を唱えられるのです。
 三万繰という名は32,400回から来ています。

 女性用は六万繰日課念珠(ろくまんぐりにっかねんじゅ)といい、男性用の2倍の 64,800回念仏を唱えるのです。  

 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、・・・・・と何万回も念仏を唱え、西方浄土に極楽往生する。  まさに、日課念珠は浄土宗の教義を表しているといえます。

これをお読みになり、慌てて御自分のお数珠を御確認された方もおありでしょう。そして、文面と違うお数珠をお持ちの方は、少々慌てられた方も居られるやも知れません。
 そもそも、お数珠を御自身がお持ちになる機会が、急な訃報により、葬祭会場で購入されたり、亡き故人の形見であったりと、さまざまな背景で御自信の手にございます。また、付け加えますと、本来は、お数珠は宗派によりまして、形が違い、作法が違います。

 では、上記説明の浄土宗のお数珠でなければいけないのかと申しますと、そうではございません。むしろ、形や状態が違えども、仏様や御先祖様に、南無阿弥陀仏とお念仏する心が必要なのです。  

 そして、この先、御自身がお念珠を新しく購入する機会や、お子様方が独立する際などにお分けするなど、そのような機会ができましたら、そのときは、浄土宗のお数珠を購入されればよ いかと存じます。   
                       合掌  


卒塔婆(そとうば)の御戒名の上に書かれている 文字は?
法要の際に、納骨堂の卒塔婆(そとうば)を書かせて頂きますが、御戒名の上に見慣れない文字が書いてあるのはご存知でしょうか。

その文字は梵字(ぼんじ)と申します。梵字とは古代サンスクリット語の基礎にもなっている文字です。 その梵字により、あらゆる菩薩様や如来様の色・形・位置・持ち物などすべての真理をシンボル化し、それを目で見ることにより仏様自身を表現しているものです。

ですから、我々浄土宗の場合は、浄土宗のご本尊の「阿弥陀様」を表しております梵字を「キリク、またはキリーク」と申しまして、その文字を卒塔婆に書いております。 ※他宗派では、その宗派のご本尊の梵字を使います。

<阿弥陀如来(あみだにょらい)キリークのお力> 大慈悲に浴して一切の苦難厄難を逃れ、 また福徳長寿が授かります。

 卒塔婆に書いてあるキリークですが、ご自宅のお仏壇のお 位牌にもご戒名は書いてあるものの、そのご戒名には梵字が 書かれておりません。  梵字のキリークは仏様そのものを表しますので、お仏壇の ように阿弥陀様が居られる場所にはキリークは必要ありません。
 逆に、お寺の納骨堂はご本尊として仏様が安置されており ますが、各家々の納骨堂(お霊家)内には阿弥陀様を祀って おりませんのでキリークの書いた卒塔婆をお供えいたします。

また、ご葬儀なども同様に満中陰(49日)までは、故人 様が真の仏様にまだなっておられないので、白木のお位牌に梵字を書いたお戒名を書き お祀りし、満中陰(49日)が過ぎ、お浄土で仏様にな られましたら、梵字のない 塗り位牌や繰出位牌 (写真掲載)に書換えて、 お祀り致します。  
塗り位牌 繰出位牌
塗り位牌
繰出位牌



施餓鬼旗(せがきばた)には、どんな意味があるのでしょう?
施餓鬼幡の特殊な形は、「五輪塔(下記写真掲載)」を簡略化したもので、古代インド仏教において宇宙の構成と考えられた五大要素の(地(ち)・水(すい)・火(か)・風(ふう)・空(くう)の五つ)の象徴を意味致します。

その形を図案化し、卒塔婆(そとうば)や施餓鬼幡(せがきばた)の形が作られました。 また、施餓鬼幡の特徴であります色にも意味があり、更に方角も表します。 (下記表参照) ゆえに、施餓鬼幡には、各如来様からのご加護を頂戴し、ご先祖様をお守り頂くお力が込められております。 つまり、施餓鬼法要を勤めることで、お盆で戻ってこられた ご先祖様が、その如来様のお陰で、餓鬼道(地獄の一つ)に陥ら ず、あの世に間違うことなく戻られるのです。

特に新仏様は始 めてこの世へのお帰りで、迷って方向を誤り、餓鬼道に入り込まないように案ずるご家族の心配が、初施餓鬼供養として営まれるのです。ですから、お盆が終わり、無事にご先祖様があの世へお帰りになられましたら、その施餓鬼幡は、各家々で焼却供養致すのです。

要素
方角
守 護 仏
役     割

(緑)
阿弥陀如来
「大円鏡智(だいえんきょうち)」
で全てを映し出す智。
中央
大日如来
「法界体性智(ほっかいたいしょうち)」
で最高の智。
宝生如来
「平等性智(びょうどうしょうち)」
で全ての存在を 平等にみる智。
西
阿弥陀如来
「妙観察智(みょうかんざっち)」
で全てを正しく観察する智。

(紫)
不空成就如来
「成所作智(じょうしょさち)」
で全てを救う方法を知る智。





宗紋(しゅうもん)には2種類の文様があるのです
以前お話を致しましたが、当山泉福寺の宗派は「浄土宗西山派(じょうどしゅうせいざんは)」で、通称「西山浄土宗(せいざんじょうどしゅう)」と申します。

この我が宗派には、ご家庭の家紋のように、宗紋というものがございます。その宗紋は、本堂の至るところに文様され、建物のみならず、仏具の細部や私の袈裟に至るまで施されております。その文様には2種類の文様が使われているということはご存知でしょうか。

下記(A)のこの杏葉紋(ぎょようもん・アンズの葉)は、宗祖法然上人の生家の漆間家の家紋に由来しています。西山浄土宗の総本山光明寺の寺紋がこの「杏葉紋」です。

 また、西山派として西山宗紋(B)もございます。この西山宗紋は曹洞宗で使われているのと同じ「久我龍胆(くがりんどう)」を宗紋としています。流祖西山上人が、村上天皇の末流「 源親季(みなもとのちかすえ)」の子として誕生し、9歳の時に一門の頭領であった「久我通親(くがのみちちか)」の養子になったことに起因しています。その後14歳で法然のもとで出家するのですが、西山各派ではこの「久我家の家紋」である「久我龍胆(くがりんどう)」を宗紋と定めています。

曹洞宗の開祖・道元禅師の実父こそが、この久我通親なのです。西山上人は養子、道元禅師は実子という違いはあるものの、この二人は義兄弟であり、そのため曹洞宗の宗紋と、西山派の宗紋が奇しくも同じ久我龍胆紋を使います。  
                       
杏葉紋 久我龍胆紋

   A:杏葉紋

 B:久我龍胆紋

 


木魚(もくぎょ)について
木魚

木魚とは、経を読む時にたたく木製の仏具です。中が空洞で横に割れ目があり、魚の鱗(うろこ)が彫りつけられております。
材質はさまざまで、ご家庭では白木(塗りの施されていないもの)が多く、高価な白木となりますと、唐桑などは破格の値がし、樹木に希少価値がある上、木が硬く作成に困難を要しますが、音は極楽の音(ね)とされております。

そもそも木魚というのは、禅寺で合図に打ち鳴らす魚板(ぎょはん・図A)が変化したものです。
魚板とは、魚をかたどった木の板で、木魚よりも魚に近い形状をしており、時刻や法要の始まり合図に使用しておりました。それがの時代に現在の形となり、江戸時代に日本へ伝来されたとみられております。

禅寺では現在でも使用されており、本堂側の魚板は法要合図で、食堂にある魚板は、修業僧の食事の時の合図に使われております。 浄土宗では、法要始まりの合図の仏具は、半鐘(はんしょう・図B)を用いております。

半鐘

では、木魚が魚の形をしているのはなぜでしょう?
木魚が魚をかたどった形をしている意味はいつも目を開いている魚は眠らないと信じられ(実際には魚は寝るようです)、眠らない魚のように不眠不休の精神で修行するという意味や、また真の眼(まなこ)を見開き、悟りを開く心を育む思いが込められております。

 現在では、本来の精神趣旨を含めると共に、読経の一定のリズムをとる為や、大法要などでの大勢のお坊さんのお経の声を合わせる為に、木魚は欠かせないものとなっております。