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大晦日のことを別名「 「旧年をのぞく日」という意味です。 その除日の夜で「除夜」、その時つく鐘だから「除夜の鐘」と言うわけです。 ![]() |
![]() 日頃、皆様お檀家様へのお参りの際の服装といえば、白い着物の上に、袖丈の長い着物で更に、袈姿 となっております。正式名称では、白い着物を白衣(はくえ)、その上に着る衣を、黒色は黒衣(こく え)、色物は色衣(しきえ)と申し、黒衣は、お通夜などの法要に、色衣は儀式法要に着用致します。 覚えておられる方もいらっしゃるでしょうが、昔は私の色衣は「緑色」でした。今は、「紫色」でござい ます。この色の違いは、修業年数や寺院運営事業実績等、総本山光明寺での、適用修行を致し、本山 より認められ僧になり、初めて、紫色の衣「紫衣(しえ)」が着用できます。 更に、修行を続けた僧には、紅梅衣(こうばいえ)といって、紅色の衣がございます。私の様な愚僧に は、到底紅梅衣に到達することは出来ないでしょう。 では、お袈裟 について、御説明致します。 古来昔は、僧侶になるために、出家した者は、この世のすべての欲望を捨て去ったものであるから、着るものも、きめられた数のものしか持つことが許されませんでした。 しかも、その材料は、一般民衆が不必要になって捨てた布切れを、廃物利用とでもいうべきもので あったので、 こういった布切れを集めてきて、それらを洗った後、適当な大きさにつぎ足し、壊色(え じき)と呼ばれる、原色を避けた色に染められました。 この壊色という言葉の原梵語がカサーヤで、これを漢字に音字したものが 「袈裟」 であります。 ですから、現在の お袈裟 でも、その名残を残し、一枚布で作るのではなく、パッチワークのように、 何枚もの織物を繋ぎ合わせ、お袈裟 が作られております。 では実際の、お袈裟 ですが、御法事等に使います お袈裟 を、五条袈裟(ごじょうげさ)、御葬儀や大 法要で使うお袈裟を、七条袈裟(しちじょうげさ) と申します。 五条、七条などの数は、パッチワーク上に縫い合わせた、布の数の多さに由来するものです。 このような、雑学を以って、御法事などのお参りの席につけば、また違った物の見方が出来るやも知 れません。 |
| 読んで字のごとく、陰の中のことです。同じ「かげ」でも闇夜の影のことではございません。 仏教の陰とは、「お陰様」の意になります。 お陰様とは、我々人間には到底及ぶことの出来ない仏様のお力によって守り導かれる有難さをいいます。 人間は、往生(死去)すると、すぐにあの世までたどり着くのではなく、七日ごとに諸仏のお智恵を頂きながら、一歩ずつお浄土に昇って行くとされています。そのお智恵を授けて下さる仏様が、十三仏で、下記の表の仏様になられます。
![]() また、化身王とは、インド仏教神話に出てくる王様で、我々人間の戒めのために描かれた空想仏になります。特に五七日の閻魔様は有名であります。 即ち、中陰とは、故人様が、その守護仏のお智恵を頂戴し、お導きを受け、七日ごとに次の中陰の世界に進んでいくということです。 そして七回目の七日法要(四十九日目)にようやく真の仏様になられ、お浄土にたどり着かれます。その故人様のあの世への無事の安堵が法要という儀式になるのです。 ですから、形だけ、四十九日法要を営んでも、真の四十九日目が来ないことには、まだ、故人様は、あの世までたどり着かれてはおられません。 しかし、この世の我われの生活様式から、本当の四十九日の日に法要は難しく、若干早めて致す事もしばしばです。 だからといって、法要は終えたとしても、四十九日目までは、故人様の行く末を案じ、お念仏して頂かねば、御供養にはなりません。また、御遺族様に於かれましても、故人様の往生を看取り、命の儚さと無常の悲しみをあじわいます。その悲しみは、決っして癒えることはございませんが、不思議な事に、四十九日の法要を区切りとし、普段の生活に戻ろうと前向きな心にさせて下さる、仏様のお慈悲を感じます。 泣く事も御供養なら、泣き終える事もまた、御供養と、仏様が教えて下さいます。 |
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昨今のお葬式には、葬儀屋さんが喪家の意向を受け、お葬式を執り行いますが、 その際に、司会者が付くのが常のようです。 ![]() その司会者が、開会の際に「○○家の葬儀並びに、告別式を・・」と言われますが、 さて、葬儀と告別式との違いはなんでしょう。 葬儀とは故人の冥福を祈り、成仏することを願って遺族や近親者が営む儀式です。 また、仏教においても重要な意味があり、故人が仏道を修めるために、仏弟子として、 この世の塵祓いをし、お浄土に送り出す儀式のため、大切な儀式の一つとなっています。 一方、告別式は故人の家族、友人や知人が、故人と最後のお別れをする儀式です。 本来は葬儀に続いて会葬者全員で、遺骨を墓地に埋葬する前に行う儀式でしたが、 最近では、一般の会葬者全員で、故人に焼香をすることが、中心に行われるようになりました。 このように葬儀と告別式はまったく違った意味を持つ儀式のため、 葬儀が終わると僧侶はいったん控え室に戻り、 あらためて入堂して告別式を行うのが正式の形ですが、 現代の諸事情や風習の流れから、葬儀と告別式を同時に行うことが多くなってきています。 |
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と説かれていることによります。 お十夜は、お念仏の尊さを知り、感謝の気持ちを込めて、これをお称えする大切な法会です。 今日ではその期間も、十日間から五日、三日、あるいは一日と短縮されて行われていますが、この大切な念仏会に参加し、仏の国での千年の善行にも勝る善行を、是非積んで頂きたいものです。 |
法然上人は、浄土宗を開いた高僧です。 また、善導大師は唐(中国)の僧侶で、阿弥陀仏と念仏を説かれていました。その善導大師の御文に導かれ、法然上人が、浄土宗をお開きになったのです。 本堂両脇(東側、浜側)に、二仏(法然上人像と善導大師像)が鎮座されており、お祀り致しておりますし、皆様の御自宅のお仏壇にも同じく、二仏が鎮座されております。 また、本堂では、この度、分かりやすく、木札をたてておりますので、御覧下さい。 |
| ちまたのお話に「閻魔様(えんまさま)」が死者の裁きの番人として出てきます。この世の行いが良いと、あの世(お浄土)に送り、悪い行いの者は地獄へ送るといわれています。 閻魔様は十三仏のお一人で、中陰の期間の5七日(ごなのか)の守護仏です。 しかし、死後の世界は、この世の我々には、目にすることは出来ませんので、閻魔様はこの世の我々にも見えるように姿を変え、お見守り下さっています。 ![]() そのお姿が、「お地蔵様」です。空想の閻魔像は怖い形相とされていますが、実際の身近におられるお姿は、お優しいお地蔵様でした。いつでも、あの世に導かれるようにと、この世の者が、戒めとして、閻魔様の怖い裁きの逸話像を作ったようです。 |





